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第Q交響楽

映画とか音楽とか。

『愛について、ある土曜日の面会室』


映画『愛について、ある土曜日の面会室』予告編

 

劇場で予告編観た時の第一印象は「この邦題じゃ観る気しないわーないわー」だったんですけど、いやもうなんていうかごめんなさい。監督レア・フェネール28歳の長編処女作にして傑作。おそろしく精巧な描写で紡がれた、「愛」についての映画。何だこの完成度は。

 

『愛について、ある土曜日の面会室』レア・フェネール(2009年/フランス/120分/ビターズ・エンド配給)

物語は群像劇の形式を採っていて、主人公は3人。一人目はステファン。彼は仕事が上手くいかず、母親や恋人ともかみ合わない。そんな折、ピエールという男から「君の瓜二つの親友ジョゼフが服役している。面会を利用して彼と入れ替われ」という依頼を受ける……。二人目はサッカークラブに通うティーンの少女ロール。警官への暴行で逮捕された恋人アレクサンデルとの面会の為、保護者として知人の医者アントワンに付き添いを頼みます。しかし、この時彼女はアレクサンデルとの子を妊娠していることに気付きます……。三人目は息子を殺害された母親ゾラ。息子の恋人であり、殺害の犯人でもある青年フランソワから聞かねばならない。何故殺されたのか、何故殺したのか。収監された青年と会う為、面会室へ赴くことを決めるゾラ……。そうしてある土曜日の面会室で交錯する3人の物語。

 

こうして粗筋を書き出すとわかりますが、3人の主人公が抱えた背景はそれぞれが一本の映画として成立するであろうヘヴィなものです。ジョゼフの犯罪と逮捕、そしてピエールがステファンを使ってジョゼフを奪還する、というのは膨らませれば充分にマフィア映画のプロットになります。少女の初恋と妊娠も同じく。息子の同性愛者という真実、そして彼を愛し殺した青年と対峙する母親。これも大変強固なドラマとして成立する筈です。このように全く異なるベクトルを有する3つのエピソードを、「面会室」という一点で接続し、対比すらしてしまうその手腕の鮮やかなこと!

 

勿論、シチュエーションを共通にしたからといってそれだけで映画としてまとまるわけではなく。フェネールもそれを当然わかっていて、映画に2つのモードを設定・演出することで一貫性を生み出しています。

 

第一に、表情の演技。感情が状況に対する生理的な反応だとするなら、導き出される感情は積み重なった人生をルーツとして持つでしょう。涙を流している女は何故泣くのか?悲しいから?そうかもしれない。では何故悲しい?……。フランソワの姉セリーヌは弟のことをゾラに話すとき、とめどなく溢れる涙を止められない。弟が殺人を犯し、収監され孤独を味わっていることから来る悲哀。更にセリーヌは「自分がもっと悩みや相談を聞いていればこんなことにはならなかったかもしれない」という罪悪感さえ抱いています。そうした諸々が涙となり、痛切な表情となり、俳優の顔の上で結晶する。そうした表現を私たちは「演技」として称賛するわけです。表情を鮮やかに捉えたバストアップ〜クロースアップショットの強度も見事。俳優たちは如何にもな美男美女ではないけれど、皆クロースアップに耐え得る演技をしています。このショットサイズの選択、つまりカメラと被写体の距離感がいい。この距離感こそ第二のモードで、言い換えるなら「ショットはそれだけで完結した一つの世界である」という意識です。

 

 例えば妊娠に気づいたロールが相談を持ちかけるために病院から出てくるアントワンを待つショット。ロールは病院の入口で中に入るかどうか躊躇し、その度に自動ドアが開閉する。結局彼女は中に入れないままアントワンが出てくるショットに切り替わります。自らの世界から外に踏み出そうとするからこそ彼女は病院に入るのを躊躇した……。ロールとアレクサンデルが空き家に忍び込むシーンも象徴的。アレクサンデルは荒れた屋内に隠れてロールを驚かそうとする。ロールを映すショットはフィックスで、アレクサンデルはフレームの外から飛び出すように現れる。ロールが認識できる領域がフレームによって画定されている。いえ、ロールの心象がフレームという形で提出されている、と言うべきでしょうか。

 

この傾向は切り返しショットで確認することができます。二者間の切り返しにおいて、互いの視線がすれ違うようなショットが選択されている。その為にショットの行間=オフスクリーンで発生すべき視線の交点の座標が少し狂う。切り返しでは主にクロースアップが使われますが、俳優の顔にフォーカスするこのショットサイズは当然パーソナルな属性を内包します。しかも本作においてはフレームそのものがパーソナルな空間であるわけです。だから視線が正面衝突するような切り返しはそうそう出てこない。誰しもが秘密や傷を抱えている以上、それを曝け出して相手にぶつけるような演出はおいそれと使えるものではない。ピエールがステファンを真っ直ぐ見据えるのは、彼に隠し事も葛藤もないからです。彼は全てを明かしてステファンを利用しようとしている。そこに戸惑いなどありはしない。

この切り返しのモンタージュはクライマックスの面会室で全面に描かれるでしょう。何しろ刑務所の面会室なので、どうしたって対面して視線を交わさざるを得ない。ロールは「もう会わないと伝えて」とアントワンに頼み、アレクサンデルと顔を合わせることなく面会室の外で時間が過ぎるのを待ちます。ステファンは面会室まで来たにもかかわらず実行を躊躇する。この時ステファンはジョゼフを見ずに下を向いていますが、改めて実行を決断した時、遂に正面からジョゼフを見ます。フランソワはゾラに全てを話し始めますが、やがて自らをしっかと見つめる彼女の視線に耐え切れなくなり、その場を離れようと……。

面会室のシークエンスをクライマックスたらしめているのは、そこが主人公たちの人生を賭した決断の場であるが故です。その重い決断が<ショット>と<視線>、そしてそれらを繋ぐ<モンタージュ>という極めて映画的な手法で描かれていることに嘆息。

 

『愛について、ある土曜日の面会室』には一つ、本当に完璧なショットがあります。重厚なストリングスをバックに面会日前日の主人公たちの行動を繋いだシークエンス。そこにおいて、ゾラが息子の遺品であるシャツを羽織るとても静謐なショット。この映画のテーマとモードの全てが集約された完璧な、そして美しいショットです。

 

フェネール曰く「本作に影響を与えた作品」。
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